特集 祇園祭り Vol.1
〜祇園祭の今むかし〜
しかし、京都市内と京都人の心は早くもお祭りムードに突入しています。
7月1日から1月間という非常に長い期間で行われる京都でも最大規模の祭り「祇園祭」がいよいよ始まったからです。
京都を代表するこの伝統行事「祇園祭」に皆さんもぜひお越しください。
−祇園祭りの日程
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| 日 | 行事 | 詳細 | 場所 |
| 1〜5日 | 吉符入り | 神事始め。この日を境に祇園祭が始まるります。 祭に関する打ち合わせなどが行われます。 |
各山鉾町 |
| 2日 | くじ取り式 | 各山鉾町の代表者がくじを引き、山鉾巡行の順番を決めます。 | 京都市役所 |
| 10日 | お迎え提灯 | 神輿洗いの神輿を迎えるため、提灯を持って街を練り歩きます。 | 八坂神社 |
| 10〜14日 | 鉾立て・山立て | 各山鉾が組み立てられます。 | 各山鉾町 |
| 12日〜13日 | 曳き初め | 各山鉾の試し曳きが行われます。 | 各山鉾町 |
| 13日 | 稚児社参 | 長刀鉾に乗る稚児が八坂神社に参拝し、五位の位をもらいます。 | 八坂神社 |
| 13〜16日 | 祇園囃子 | 山鉾が建てられた晩から、囃子方が乗り込み、囃子を演奏します。 鉾に上って見学できるのも多くあります。 |
各山鉾町 |
| 14〜16日 | 宵々々山・宵々山・宵山 | 最も街がにぎわう期間です。出店がたくさん出たり、 提灯の灯りや祇園囃子も賑やかです。 |
各山鉾町 |
| 16日 | 鷺舞奉納 | 雄雌の鷺の舞が奉納されます。 | 八坂神社 |
| 16日 | 日和神楽 | 山鉾巡行の晴天を願い、各山鉾町から四条御旅所まで囃子を演奏しながら往復します。長刀鉾は八坂神社まで行き、囃子を奉納します。 | 四条旅所・ 八坂神社 |
| 17日 | 山鉾巡行 | 長刀鉾を先頭に、全32基の山鉾が囃子を奏でながら市内を巡行します。 | 巡行路 |
| 17日 | 神幸祭 | 神霊の降りた三基の神輿が、八坂神社から四条御旅所まで担がれ、 神輿を一週間、御旅所に鎮座させます。 |
八坂神社・ 四条旅所 |
| 24日 | 花傘巡行 | 花傘・獅子舞・鷺舞・稚児などの総勢千人を超す行列が八坂神社に向かって市内を巡行します。 | 巡行路 |
| 24日 | 還幸祭 | 御旅所の三基の神輿が氏子の地区を練り歩き、八坂神社へ戻ります。 | 四条旅所・ 八坂神社 |
| 28日 | 神輿洗い | 神幸祭・還幸祭で使われた神輿を洗い清めたあと、神輿がしまわれます。 | 四条大橋 |
| 31日 | 疫神社夏越祭 | 鳥居に付けられた大きな茅の輪をくぐり、疫病を祓います。 | 八坂神社境内 |
−祇園祭の今むかし
日本三大祭の中でも最も古い歴史を持つ祇園祭は一体いつごろからはじまったのでしょうか。 祇園祭は今からおよそ1,100年前・貞観11年(869年)に、京都に疫病が流行し、多数の死人が出ました。 その疫病の退散を祈願し行われた祭りが祇園祭のはじまりと言われています。 はじめは、疫病流行の時だけ行われていたましたが、天禄元年(970年)からは、 毎年6月14日に行われるようになりました。 その後、保元・平治・応仁・文明などの乱の際は中止されましたが、町衆の間に祭りは浸透していましたし、 町衆の手によって祭りが支えられていたこともあり、乱が終わるとすぐに復興しました。その後は徐々に創意や趣向がこらされ、豪華絢爛なものとなっていきました。
※料亭 祇園 や満文 青木庵にて撮影
(右)田中 修次郎さん
(左)古川 新一さん
町衆の手によって支えられてきた日本最古のお祭りですが、現在まで続けるには幾多の困難を乗り越えてきました。
町全体で祭りを盛りたて、少しずつ形を変えながら受け継がれてきた
文化です。
では、昔と今ではどういうところが変わってきたのでしょうか。
京都市内で生まれて以来、ずっと祇園祭を見守り続けてきた
田中修次郎さんにお話を伺いました。
【昔と今で祭りの印象は違いますか?】
昔はほんまに地元の人のお祭りっていう雰囲気やったね。
八坂神社の氏子さんが中心となって、祭りが行われていたし、他の町のお祭りと変わらへんかったよ。
観光客もほとんどいなかったしね。鉄道もろくに整備されていない頃はわざわざ祭りを見に遠くから来る人なんていなかったよ。
でも最近は、遠くからでも見物に来はるし、祭り自体も観光化されてしまったから随分雰囲気は違うね。
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山鉾巡行当日は必ず女衆が鯖ずしとおこわを用意したもんや。
もちろん全部手作りやで。それで、出来上がったら子供たちが親戚や知り合いの家に配りにいくんや。
そしたら、お礼にお駄賃貰ってね。うれしかったなぁ…
そんな習慣も今はなくなりつつあるからちょっと寂しいね。
昔は山鉾の巡行が2回あったんや。
それを「前祭(さきのまつり)」と「後祭(あとのまつり)」というてな。
7月17日が「前祭」で山鉾20基が巡行、そして、7月24日が「後祭」で山9基が巡行してたんや。
それが昭和41年に後祭が17日に合流し、今の山鉾巡行のかたちになった。
後祭の行事がなくなったので、その代わりに始まったのが花傘巡行というわけや。
花笠巡行の行列には花傘と呼ぶ台車があって、織商や祇園太鼓、八坂神社、久世六斉、宮川町、祇園甲部、万燈会から花傘が出されてるんや。
あとは…「くじ改め」かな。
巡行する鉾の順番をくじで決めてるのは知ってるやろ?
くじで決められた順番を巡行当日に最終確認するのが「くじ改め」やねん。
奉行役の京都市長に各山鉾の代表がくじ用の文箱を出す行事やねんけど、今では各山鉾ごとに趣向を凝らした舞なんかも披露されてるね。
昔はただ単に見せるだけやったんやけどね。
【毎年の継続にはずいぶん苦労されている点もあるんでしょうね。】
昔は四条通に市電が走ってたやろ?
鉾が通るのに電線が邪魔やったんや。祭り前日から当日にかけて電線を撤去してたんやから。
そら大変やったやろうね。
あとは鉾を引く男衆が減ったね。
昔は鉾を引くのが氏子の誇りだったし、みんな積極的に祭りに参加してたよ。
だけど最近はみんな祭に関心がないのかな?
人手が足りないからいろんな所から集めたりね。結構苦労してはるみたいやわ。
まぁ、伝統を受け継いでいくのは大変やと思うけど、いつまでも残していってほしいですね。












